「本の価値を決めるのは作者ではなく読者」について

1/17付けのエントリ(id:copyright:20050117#p2)のJUGEMの方についてUnforgettable Daysさんから厳しい御意見をいただきました。
あのエントリ自体、特に練ることなく勢いだけで書いてしまったものですので、言葉足らず、説明不足な点が多いと私自身が思っています。
補足すべき点とか、良い足りなかった点とか多々ありますが、なかなか上手くまとめられなくて、だいぶ時間が経ってしまいました。
すべて言い尽くしていませんが、これ以上時間を空けてしまうのも失礼に当たると思いますので、不十分ではありますが、現時点でまとめられた分だけでも、先のエントリに対する補足を若干させて頂きたいと思います。
東野氏の発言に対して「本の価値を決めるのは作者じゃなくて読者」と書いてしまいましたが、Unforgettable Daysさんの

新刊本屋で買えとも言ってなければ、そのような読者に文句も言っていません。ましてや、「本の価値は書き手が決める」などとは一言も言っていないのです。

との指摘は、その通りとか言えません。
私の過剰反応です。
この記事では日本推理作家協会文化庁著作権法改正の要望を提出したことが記されていますが、東野氏の発言もこの要望についてのものです。
推理作家協会の要望は、「公貸権の導入」と「貸出猶予期間の設定」の2点です。

しかし、このような権利強化の要望はこれだけではありません。
NPO法人日本文藝著作権センターのサイトには、「公貸権」の他に、新古書店対策としての「消尽しない譲渡権」、マンガ喫茶対策としての「展示権の拡大」の要望が記されています。
また、既に1月1日からは書籍・雑誌にも「貸与権」が適用されました。
さらには、日本書籍出版協会著作隣接権としての「出版社の権利」も要求しています。

これら一連の作家・出版社による権利拡大要求に対して、一読者の立場から反対の声を上げたいと考えた結果、思いついたのが「本の価値は読者が決める」というキャッチフレーズものです。
(今回勢いで書いたエントリにUnforgettable Daysを始め、多くの方が反応されたと言うことは、このキャッチフレーズにインパクトがあったからではないかと、少々嬉しくもありますが。)

そもそも、このキャッチフレーズを使ったのは、文化審議会著作権分科会(第13回)での三田誠広氏の次の発言に対して(id:copyright:20049003#p1)でした。

書籍というものを楽しんだ人から平等に著作権使用料をいただくというのが,本を生産したり,著作物を書いたりする者の当たり前の考え方ではないかなと私は考えております。

また、三田誠広氏は、その著書「図書館への私の提言」(isbn: 4-326-09828-7)の中で

ところが、世の中には、著作権使用料を払わずに本を読み、楽しみ、情報を得ている人たちがいます。これは著作者の財産権を侵害する行為であると同時に、ちゃんとお金を払っている人に対しても、不公平で不正な行為ではないかとわたしは考えます。
(6頁)

と述べ、図書館・新古書店マンガ喫茶などの利用者をフリーライダー扱いするだけでなく、「不正」だとしています。

この「不正」が、東野氏の「アンフェア」と私の頭の中で結びついて、過剰反応してしまったのでしょう。
もちろん東野氏の発言への反論としては、不適切だったと思いますが、


あともう1点気をつけたいのは、権利の主張とその結果得られる権利が乖離している、という現状があるということです。
前述の通り1月1日から書籍・雑誌にも「貸与権」が適用されましたが、もともとの主張はレンタルコミックから著作権者に利益を還元して欲しい、というものでした。しかし与えられた「貸与権」は報酬請求権ではなく、非営利・無料を除くすべての貸与を禁止できるという強力な権利です。しかも、附帯決議にもかかわらず、施行日になっても貸与権の許諾システムを機能させることはできず、現時点において、非営利・無料を除くすべての貸与が違法状態となってしまっています。

また、レコードの環流防止措置についても、同様です。
アジアからの環流を防ぎたい、という要求に対して、洋盤の並行輸入も禁止できる権利が与えられてしまいました。

そもそも貸与権自体が、レンタルレコードを規制するために設けられた権利ですが、何故か映画の著作物を除くすべての著作物(書籍・雑誌については附則で適用しないこととされた)に与えられました。

こういった権利付与の状況を考えると、東野氏をはじめとする様々な作家達の主張も、結果として、新刊書店での購入以外のアクセス方法をすべて禁止されてしまうという事態も招きかねないのではないかと、私は懸念しています。

冷静な分析と的確な反論こそが、噛み合った議論を生み、状況の改善に進むのではないでしょうか。

との指摘には、基本的には賛同します。
しかし、著作権の権利拡大の主張に対しては、その主張を額面通りに受け止めるのではなく、その結果もたらされる最悪の事態を想定し、それをふまえた上で反論する必要があると私は思います。
手前味噌になりますが、このBLOGで「貸与権」について、レンタルコミックだけでなく、大学図書館や各種専門図書館にも影響が出るのではないかと指摘したことがあります。このエントリは民主党議員の質問趣意書に反映され、政府答弁において、少なくとも大学図書館には影響が無いことが確認することができました。
このようなことから、私は、権利主張はできるだけ拡大解釈し、影響の及ぶ範囲も最大限になることを想定した上で、反論していく必要があると考えます。

最後に一つ文献を紹介させて頂きます。

仲俣暁生. 「工学化」後の書物と著作権(リレー連載 著作権の変容をめぐって01). InterCommunication. No.50, p.156-160, (2004)

書籍についての権利強化の動きと電子書籍をめぐる動向を、「工学化」というキーワードを元に考察したものです。
この文献は、自分の問題意識の整理に役立ちました。
このエントリを書く上でも、大いに参考になりました。
多くの方に読んで頂きたい文献だと思います。