図書館の使命とは

三田氏は「わたしの理想の図書館」について以下のように述べています。(三田誠広「図書館への私の提言」勁草書房(2003年)ISBN:4326098287 72ページ)

 レファレンス業務の充実を計って、利用者のより深い要望に応えることを図書館の使命と考え、さらには図書館の活動によって日本の文芸文化を支えようという見識を持った館長や職員のいる「立派な図書館」が、全国に二〇〇〇館あるとしましょう。その二〇〇〇館が、日本文化を代表するような本を、必ず購入するということが実現すれば、日本の文芸文化は、世界に誇れるような業績を、これからも残していくことができるでしょう。

ここで気になるのは「図書館の活動によって日本の文芸文化を支えよう」という部分です。図書館の使命は「日本の文芸文化を支える」コトなんでしょうか。
別のところで三田氏は「図書館の使命」について次のように述べています。(同書 84ページ)

できれば、こういう(引用者注:純文学などの初版三〇〇〇部の)高価な、しかし文学的には価値の高い本を、図書館で購入していただければ、文学好きだけれども金銭に余裕のない読者に、質の高い文学を楽しんでいただけることになりますし、図書館に購入していただければ、出版社としても大幅な赤字を出さなくてすみます。
 二〇〇〇館の図書館に、こうした本を購入していただければ、日本文学は絶滅することはありません。こういう本を買い支えるのが、図書館の使命であるといっていいでしょう。

つまり「日本文学」を買い支えるのが図書館の使命だと言うのです。
果たして図書館の使命は「文芸文化を支え」、「日本文学」を「買い支える」コトなのでしょうか?
公共図書館については「図書館法」という法律があります。図書館法から図書館の使命が読み取れますので、図書館法を見ていきましょう。
まず第1条を見ていきます。

(この法律の目的)
第1条 この法律は、社会教育法(昭和24年法律第207号)の精神に基き、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もつて国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする。

注目すべきは「社会教育法の精神に基き」の部分です。これは図書館が社会教育機関で在ることを意味します。つまり、図書館の使命は「社会教育」なのです。
三田氏は、第1条の最後に「もつて国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする。」と書いてあるじゃないか、文化の発展のために日本文学を買い支えろ、と主張するかもしれません。
しかし、著作権法を見てください。同じように第1条の最後に「著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。 」と書いてあります。ここをどう解釈するのでしょうか。
通常は「権利の保護」を通じて「文化の発展に寄与する」ことが目的であると解釈されるようです。*1
そうなると、図書館法も社会教育を通じて「文化の発展に寄与する」ことが目的であると解釈すべきでしょう。
すると「日本文学」を買い支えて「文化の発展に寄与する」ことが図書館の使命だとは言えないでしょう。
もちろん「図書館の活動によって日本の文芸文化を支えよう」と考える職員や館長がいてもかまわないと思いますが、それが図書館の使命とは言えません。少なくとも図書館法を読む限りではそれは図書館の使命ではありません。
他にも、日本図書館協会「公立図書館の任務と目標」を定めていますが、長くなるので今日は触れません。

それにしても不思議なのは、三田氏は図書館への「提言」だといいながら、図書館法については何も触れていません。図書館法だけではなく、日本図書館協会が定めた「公立図書館の任務と目標」、1960年代から1980年代までの公共図書館の活動指針となった「中小都市における公共図書館の運営」「市民の図書館」等についても触れていません。
図書館の活動に直接影響を与えるのはこれらのものです。三田氏が図書館についての建設的な「提言」を行いたいのなら、これらに触れるべきではないでしょうか。
しかし三田氏が言及するの「著作権」です。「著作権法」が図書館に無関係とは言いませんが、図書館に与える影響の度合いと言うことでは「図書館法」や「任務と目標」には及びません。
本当に図書館のあり方を変えていこうと思うのであれば、「著作権」を振りかざすのではなく、「図書館法」や「任務と目標」について建設的な議論をしていくべきではないでしょうか。
私には、「著作権」を振りかざすだけの三田氏の意図は、図書館への建設的な提言を行うことだとは思えません。

*1:半田正夫.著作権法概説 第11版.ISBN:4587034452、千野直邦,尾中普子.四訂版著作権法の解説.ISBN:4834836096