著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第1回)議事録を読む

3月30日に開催された、著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第1回)の議事録が公開された。

文化審議会 著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第1回)議事録・配付資料−文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07040204.htm

委員会の開催から公開まで2ヶ月強待たされました。
著作権保護期間の延長問題について審議する委員会なので、どのような議論がなされたのかとても注目しています。
議事録の中から気になる発言や注目したい発言を取り上げてみます。

甲野著作権課長の最初の発言より。

また、日米規制改革および競争政策イニシアティブにおきましては、米国政府からの要望が出されているところでございまして、ここでは現在の世界的な傾向との整合性を保つよう、日本の著作権保護期間の延長を行うことが求められているわけでございます。

著作権保護期間の延長は米国政府の要望であることを、文化庁著作権課長が述べています。これは新たな事実というわけではありませんが、米国政府からの外圧であることを著作権課長が述べていることについて、注目したいです。

三田誠広委員の最初の発言より。

例えば現在、国会図書館が明治時代の出版物をデジタルアーカイブしようというようなことをやっておりますけれども、実際はできないんです。なぜかというと、出版物の中には著作者が何年に死んだのか分からない人というのがいっぱいいるんです。現在、高浜虚子という方、著作権がまだ生きております。そのことを考えると、明治時代の人もなかなか死後50年経ったと特定することもできない状況であります。
(中略)
現行では、しかし死後50年というものが1つのフリーになると。これだけが著作権の壁に1つの穴をあけているわけです。だから、どう考えても死後50年経っているだろうということでアーカイブをしていくということが実際に行われているんだろうと思うんです。
(強調:引用者)

少なくとも、青空文庫にしても、国会図書館にしても、著作権保護期間の終了の確認を行っていますし、国会図書館著作権者の特定に相当の労力を払い、裁定制度も利用しています。「どう考えても死後50年経っているだろう」というようなレベルではありません。(Journal@rchiveは結構怪しいですが)むしろ、愚直すぎるぐらいのスタンスで取り組んでいます。

同じく三田委員の最初の発言より。

ですから、何十年経っても経済的にまだお金が入ってきているという人と、本1冊出して消えてしまって、これがアーカイブされるなら嬉しいという人と、インターネットにホームページなりブログなり出してもう最初から著作権を放棄しているような人と、これらをある程度分けて考えて対策を立てていくということを検討する必要があるのではないかなと思います。

個人でホームページやブログを運営されている人が全て、「最初から著作権を放棄している」訳ではありません。
三田誠広氏はご自身でホームページを運営されていますが、三田氏はご自身のホームページ上の文章の著作権を最初から放棄されているのでしょうか?

津田大介委員の最初の発言より。

僕が1点気になっているのは、皆さん権利者でありクリエーターであるという立場でありつつも、同時に著作物の利用者でもあるということが非常に重要だと思っていて、当然、皆さんテレビも見るでしょうし、本もお読みになるでしょうし、音楽を聞かれる方は音楽を聞くと。自分で創作をなされるかたわら著作物の利用者でもあるというのは、誰しもがそういう構造を持っていますし、僕自身もここに呼ばれている立場というのは非常に微妙で、一方では著作者でもありつつ利用者代表みたいなところで来ている面もあるのかなと思っています。

まさに仰るとおり。
これまで、何回も書いていますが、自分が著作権者であると同時に利用者であることを考えられない人は、著作権について語る資格は無いと思います。

同じく、津田大介委員の最初の発言より。

僕はこういった著作権というのは非常に影響の大きい問題だと思うので、関係するいろんな人に意見を聞いた上でそれを集約していく必要があると思っているので、こういったところで本当に多彩なクリエーターの人にぜひ意見を伺ってほしいし、利用者というところでここには挙げられていないですけれども、もっと消費者ですとか著作物の享受者の人にも意見を聞けるような場所というのが必要だろうと思います。
(強調:引用者)

これもまさに仰るとおり。利用者からの意見を聞くこと無しに、議論しても何の意味も無いと思います。

金正勲委員の最初の発言より。

まず、もともと著作権制度の保護期間というものは国際的に死後50年というのが実質的な標準であったと思います。そうした国際的な調和、国際的な標準を乱してきたのは、どちらかといえば欧州諸国やアメリカであって、決して日本ではないということをまず1つ確認する必要があるということと、それ以前の問題として国際標準がどうであれ、諸外国が延長したからといって日本が国民的な主体的議論なしで欧米の延長に追随するということは説得力に欠けると思います。

これも仰るとおり。
さらに言うと、「国際標準」というもの自体が非常に曖昧で、そのようなものが著作権の分野で本当にあるのかどうかも怪しい。今、著作権法 第3版を読んでいるところなのですが、大陸法系と英米法系との差違が詳細に述べられていて、「欧米」と言っても様々な違いがあることが、本書を読んで分かってきた。そう言った差違を調整するものが「条約」だと思う。そう言う観点を持たずに「国際標準」といっても何の意味も無い。

三田委員の3回目の発言より。

むしろ私が考えているのは、利用者の立場として谷崎潤一郎の文庫本を読むといったときに、文庫本を買うときに著作物使用料を払うということが利用者の立場としてあり得るだろうと。例えば、これが著作権が切れてしまって100円ショップで売られるようになったときに、普通の本屋に行って文庫本がなくなってしまうということのほうが、利用者にとってまずい状況ではないかなと考えております。

夏目漱石芥川龍之介森鴎外宮沢賢治菊池寛太宰治坂口安吾など、著作権保護期間が既に終わっている作家の作品で文庫本で購入できる作家はたくさんいます。なぜ、谷崎潤一郎は保護期間が終了すると文庫本が無くなってしまうと考えるのでしょうか?

中山信弘委員の3回目の発言より。

これは法改正の常識ですけれども、改正するほうがプラスはここであるということを立証しなければいけないわけです。

これもまさに仰るとおり。
著作権保護期間の延長を主張される方々は、「国際標準」だとか「クリエーターの気持ち」だとか「遺族」だとかを引き合いに出しますが、保護期間を延長することがこれだけ社会にとってプラスになる、と言う理由をまだ提示できていないと思います。それを提示できないのであれば、議論にすらならないと思います。


上野達弘委員の最初の発言より。

その意味におきましては、著作権を延長するかどうかにかかわらず、パロディですとか、引用ですとか、そういった制限規定の見直しというのも、この委員会での検討対象になり得るのかどうかわかりませんけれども、検討する必要はあるのではないかと思います。

制限規定の(拡大方向への)見直しは是非とも検討していただきたいと思います。

久保田裕委員の5番目の発言より。

その中で、期間の延長の問題もあるのですが、著作権の刑罰も5年の懲役から10年に上がりました。10年の懲役を持っている犯罪で親告罪というのはありません。

これは結構重大な発言だと思います。私は法律の専門家でないので、「10年の懲役を持っている犯罪で親告罪というのはありません」という久保田委員の発言が本当かどうか分かりませんが、もしそうであるなら、昨年の著作権法改正における罰則の強化はすべきでは無かったのではないのでしょうか。

三田委員の4番目の発言より。

できるだけ幅広い意見を聞くということも重要なんですけれども、それをやっていますと1人の時間が短くなるということもありますし、それを長くすると永遠に小委員会は終わらないということになってしまいます。
ざっと見たところ、創作者団体・個人で文芸、美術、音楽、写真とか、美術の人はいないけれども、大体ここにいるんです。それから図書館の人もいますし、障害者の方もいらっしゃいます。そういうことを考えると、これ以上そこに重複して別の文芸の人を招くとか、そういうことをする必要はないのではないかと思います。

津田委員の5番目の発言より。

今の三田委員のお話で、文芸とか美術に関しては皆さんここに出席されているからいいというご意見があったんですけど、僕は異論があって、日本文芸家協会に所属している作家の方でも、おそら50年70年問題というミクロの問題をとってしまえば、当然反対の立場も賛成の立場もあるし、おそらくクリエーター個人個人のレベルまで落ちていったときに非常に多用な意見をお持ちであるというところがあったときに、ここに出席しているからその人をヒアリングする必要はないのではないかというのは危険、危険とは言わないですけど、少し一方的な話になってしまうのではないのかなと思っているので、1人1人の時間が短くてもいろんな意見を集約して聞いておくことは議論の幅を広げる、豊かにするという意味では重要なプロセスではないかと思います。

これはどう考えても津田委員の意見の方に理があります。より多く、多様な意見に耳を傾けること無しに議論すると、どうしても一方的な議論になりがち。特に委員の構成に偏りがある場合は。


とりあえず、議事録に目を通した感じでは、意外とバランスの取れた議論がなされているようにも思えるが、発言されていない委員も多いのでこの先どのような方向に進んでいくのかは分からない。
既に第3回まで開催されているので、一日も早く議事録が公開されることを期待したい。