絵本の挿絵の著作権

興味深いニュースがあったので紹介する。

八女市が絵本400冊回収 66年前の挿絵と似てる… 遺族要望 「配布しないで」 / 西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/32391?c=110

八女市長の定例記者会見に基づいた記事のようだ。
絵本を配布したときの記者会見。

2008年5月の定例記者会見の様子【八女市公式ホームページ】
http://www.city.yame.fukuoka.jp/sityou/teireikaiken/2008/5.html

回収するときの記者会見。

2008年7月の定例記者会見の様子【八女市公式ホームページ】
http://www.city.yame.fukuoka.jp/sityou/teireikaiken/2008/7.html

記事と記者会見を元に経緯をまとめると、次のようなことのようだ。

  • 八女市文化財専門委員を務める木下義弘氏が作成した「大伴部博麻」の紙芝居を八女市に寄贈した。
  • 市が紙芝居を絵本にして500部を作成。市内の学校、施設に配布。販売も検討する。(5月定例記者会見時点)
  • 配布した絵本の挿絵が、滑川道夫(1992年没)の著書の挿絵と酷似しているとの指摘があった。
  • 市が木下氏に確認したところ、紙芝居18枚のうちの15枚について、滑川氏の著書の挿絵を参照して描いたことが判明。
  • 滑川氏の遺族に、絵本の配布の許諾を求めたところ、「配布しないでほしい」との要望があったため回収を決めた。

西日本新聞の記事に次のような箇所があった。

同市は、挿絵の著作権を有するのが、挿絵を描いた絵師(45年死去)の遺族、滑川氏の遺族、発行元の出版社のいずれかを確定できていないという。
(強調:引用者)

ここを読んで、絵師が1945年に亡くなっているなら、著作権は切れてるのでは、と思ったのでちょっと調べてみた。

まず、元になった滑川氏の著書。発行年もあっているので、多分、これだと思う。

タイトルと責任表示: 大伴部博麻 / 滑川道夫‖著,石井滴水,吉村忠夫‖画
出版事項: : 小学館, 1942.10
形態事項: 64p 図 ; 21cm
シリーズ: 少国民のための伝記<77919>

http://kodomo3.kodomo.go.jp/web/ippan/cgi-bin/fSS.pl?nShoshiId=507760&nKihonId=506460&sGamen=%BD%F1%BB%EF%B0%EC%CD%F7

上記書籍の書誌事項によると、画について、石井滴水氏と吉村忠夫氏の2名の名前が上がっている。
ググってみたら、両氏の没年が分かった。
石井滴水氏が1945年没で、吉村忠夫氏が1952年没。
両氏の没後50年以上が過ぎているので、絵の著作権は消滅していると思われ、石井氏や吉村氏の遺族が著作権を有している可能性は無いだろう。


ところが1つ引っかかる点がある。
今回紙芝居を寄贈した木下氏について調べているうちに、次のようなページにたどりついたが、そこに、木下氏が上記書籍と思われるものを所蔵している旨の記述がある。

大伴部博麻-2
http://snkcda.cool.ne.jp/tanbou/joyo/takayama/10-hakama.html

そこには、滑川氏の著書は「絵本」となっている。
上記書誌事項でも、画についての著作者が記載されているし、シリーズ名も絵本であってもおかしくないものだ。
絵本であった場合、滑川氏にも絵の著作権が生じる場合がある。
1つのケースとして考えられるのは、その絵本が共同著作物であるケース。絵の部分と文章が分離不可能な場合は共同著作物となり、滑川氏も共同著作者となる。なお、絵と文章が分離可能な場合は、集合著作物(結合著作物)となり、絵と文章はそれぞれ独立して著作権を考えることになる。
現物を見てみないと分からないが、共同著作物である可能性はそれほど高くないと思う。
もう1つのケースが、絵が滑川氏の著作(文)を原著作物とした二次的著作物となるケース。いがらしゆみこ氏のマンガ「キャンディ・キャンディ」が、水木氏の小説形式の「原作」を原著作物とした二次的著作物とした判例があるが、マンガの中の1コマだけでなく、後にいがらし氏が描き下ろした「キャンディ・キャンディ」のイラストにも現著作者の水木氏の著作権が及ぶとされている。
今回のケースの場合でも、滑川氏文章に依拠して、石井氏や吉村氏が絵を描いたとして、同じような判断が下される可能性は無いとは言えない。66年前のことなので、現時点でその経緯を調べるのは不可能に近いだろう。
ただ、仮に滑川氏の文章に依拠して描いていたとしても、古代の人物の伝記と思われるので、どこまで滑川氏のオリジナルな部分に依拠しているか、という問題もある。「キャンディ・キャンディ」の判例をそのまま適用できるかどうかも分からない。


私には、滑川氏の著作権が挿絵に及び、その挿絵を元に描かれた木下氏の絵に及ぶかどうか、判断できない。
非常に難しいケースだと思う。