大きく変わった「図書館無料の原則」の意義

図書館の有料化についての発言が様々なところでされているが、それに対して、一度次のようなエントリを書いた。

無料だからできること - Copy & Copyright Diary
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20071218/p1

このエントリはその続編である。

図書館法に

第十七条  公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない。

という条文があって、これが図書館無料の原則と呼ばれている。
なぜこのような条文があるかというと、国民の知る権利を保証するため、とか、図書館が社会教育機関であり、国民の教育を受ける権利を保証するため、とか、市民の情報アクセス拠点であるから、等の説明がなされることが多い。
言い換えれば、利用者の「権利」を保証するために「無料」であるべきというものだと思う。
これは今でも変わりはないと思うが、2005年1月1日以降はそれ以上に図書館が無料で無ければならない理由ができた。
それは、書籍・雑誌への貸与権の適用である。

書籍・雑誌に貸与権が適用されたため、2005年1月1日以降、著作権者の許諾を得ないで、公衆に書籍・雑誌を貸与することはできなくなった。
いわゆるレンタルコミックは、貸与権管理センターからの許諾を得て、著作権料を支払い、レンタルを行っている。
しかし、営利を目的とせず料金を受けない場合は、著作権者に許諾を得ることなく貸与することができる。

(営利を目的としない上演等)
第三十八条
4 公表された著作物(映画の著作物を除く。)は、営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供することができる。

現在図書館が行っている貸出サービスはこれに基づいて行われている。
ここで注目して欲しいのは、この条文には「図書館」という文字は出てこない。
現在図書館で行っている貸出サービスは、「図書館」だからできるのではなく、あくまで「営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合」だからできるのだ。
図書館だから行えると言うわけではない、この点を間違えてはいけない。


そして、図書館が行っているサービスで、同様に「営利を目的とせず料金を受けない場合」だから行えることは貸出だけに限らない。
児童サービスの読み聞かせ、障害者サービスの対面朗読、AV資料の館内ブースでの視聴、マイクロフィルムのマイクロリーダーによる閲覧、等々、これらは著作権法の上演や上映に該当するがいずれも、「営利を目的とせず料金を受けない場合」には権利が及ばないとされている。だから図書館でこれらのサービスを行うことができる。
これらのサービスを「有料」にした場合、事前に著作権者の許諾を得ること、さらに著作権者の要求に応じて著作権料を支払う必要がある。
もちろん、これらは2005年1月1日より前も同じ状況ではあったのだが、それに加えて図書館の主力サービスとも言える貸出も同じようになったというのは、非常に大きなことだ。


しかしながら、これらの許諾を得るための仕組みは、整備されているとは言えない状況にある。
児童サービスの読み聞かせについては、まだ何とかなると思うが、それ以外については絶望的と言っていいだろう。
貸出について、レンタルコミック同様に許諾を取ればいいじゃないか、と言われるかもしれないが、貸与権管理センターが管理しているのは、一部のコミックだけである。将来一部の小説などにも拡大されるかもしれないが、貸与権管理センターは、海外の著作物(翻訳出版されたものも含む)と雑誌は管理の対象外としている。また、マンガや小説以外のビジネス書や学術書、専門書、実用書についてまで、管理の対象とするとは思えない。
結局、これらのサービスを図書館が行うためには、「営利を目的とせず料金を受けない」ということ、つまり「図書館無料の原則」を貫かざるを得なくなったのだ。


こういうと、じゃあ、貸出と読み聞かせと対面朗読とAV資料の視聴と、マイクロ資料の閲覧だけ無料にしておいて、他のところを有料にすれば問題ないじゃん、という人が出てくると思う。
でも、その理屈が図書館以外の人、特に(一部の?)作家や(一部の?)出版社など、図書館を敵視している人たちに通用すると思うのだろうか。
私が三田誠広だったら、楡周平だったら、馳星周だったら、無料貸出で集客しておきながら有料サービスで収益を得ているじゃないか、その分を作家に還元しろ、公貸権の導入だ! と主張するだろう。
もちろん、そのようなことになったら、私は反対の立場で発言すると思うが、図書館界としてちゃんとそれらの無茶な要求を拒否することができるのだろうか。
図書館界の中には、作家や出版社などにおもねる発言をしている人もいるじゃないか。
本当に、ちゃんと戦えるのか?


これは図書館界全体が、貸与権について、明確な反対を打ち出さなかったツケである。
今、図書館サービスの有料化を唱える人の中に、1人でも書籍・雑誌への貸与権適用に反対の声をあげた人がいるのだろうか?
自分たちは無料で貸し出ししているから、貸与権なんて関係ないという姿勢を取ったことで、図書館サービスの有料化の芽を摘んでしまったのだ。ある意味自業自得と言える。
自業自得とはいえ、図書館無料の原則の意義は大きく変わってしまった。
現在図書館サービスの有料化を論じている人たちは、この変化を認識していないように思われる


かつて、図書館無料の原則は、利用者のためのものであった。
しかし現在は、それに加え、図書館が図書館サービスを行う上で無料なくてはならなくなった。


図書館サービスの有料化を語るのであれば、有料化した後、どのようにして図書館サービスを行えるようにするのかをきちんと示して欲しい。
それが無ければ机上の空論でしかない。