日本では公貸権は導入されていないか

森智彦. 日本でも公貸権がすでに導入されているという主張の検討−公貸権についての理解を深めるために. 現代の図書館. Vol.42, No.2, p.124-130, (2004)

岡本薫氏や三田誠広氏による「日本でも既に公貸権は導入されている」という主張を検証した論考。
岡本氏らが言う既に導入されている公貸権とは、著作権法第38条の5に規定されている、映画の著作物の貸出に対する補償金の制度のことである。
38条の5の条文は以下の通り。

映画フィルムその他の視聴覚資料を公衆の利用に供することを目的とする視聴覚教育施設その他の施設(営利を目的として設置されているものを除く。)で政令で定めるものは、公表された映画の著作物を、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物の貸与により頒布することができる。この場合において、当該頒布を行う者は、当該映画の著作物又は当該映画の著作物において複製されている著作物につき第二十六条に規定する権利を有する者(第二十八条の規定により第二十六条に規定する権利と同一の権利を有する者を含む。)に相当な額の補償金を支払わなければならない。

森氏は、38条の5の規程が、補償請求権ではなく貸出許諾権であること、日本のビデオ補償方式が価格上乗せ方式であること、補償金を負担しているのが図書館であることなどの理由で、38条の5が公貸権ではないと結論づけている。
私は岡本氏らの主張には無理があると考えていたので、図書館研究者の側から、このような検証がなされたことは歓迎したい。


但し、このエントリを書いていて、森氏の主張に一部おかしい点があることに気付いてしまった。
森氏は38条の5を「貸出許諾権」としているが、条文を見ると「貸出許諾権」ではなく「補償請求権」だと私は思う。
38条は「営利を目的としない上演等」についての権利制限規定であり、38条の5では、映画の著作物について非営利・無料で特定の施設における頒布を制限している規定だ。
映画の著作物には「頒布権」という強力な権利が設定されているが、「頒布」とは「譲渡」と「貸与」を含むとされている。その頒布権を38条の5は制限しており、この規程により特定の施設においては、権利者の許諾を得ることなく譲渡と貸与を行うことができるのだ。ただし、38条の5では頒布を行うものは権利者に対して補償金を支払わなければならないとも定めている。
つまり、権利者は貸出を制限はできないが、補償金は受け取ることができるということだ。なので、条文を見ると38条の5は「貸出許諾権」ではなく「補償請求権」であると考えるのが妥当ではないだろうか。


では、なぜ森氏は38条の5を「貸出許諾権」であると考えたのだろうか。森氏は次のように述べている。

 実際,日本図書館協会やTRCが公立図書館に仲介するビデオでも貸し出しや上映を禁止しているものもある。最初から図書館には販売しないというビデオもあるし,新作の販売停止や同一タイトルの購入本数も制限できるのである。

このように、図書館の現場では「貸出許諾権」として運用されている。そのため、森氏は38条の5を「貸出許諾権」であると考えたのだろう。
実は、現在図書館で行われているビデオの貸出は38条の5に基づいて行われているのではないらしい。(社)日本図書館協会と(社)日本映像ソフト協会の間で補償金の額について協議が行われているが、少なくとも2003年の9月の時点では合意に至っていない。(日本図書館協会著作権委員会編. 図書館サービスと著作権 改訂版. 日本図書館協会. 2003, p.110 isbn:4820403214)そして、権利者から許諾を得ることで貸出を行っているのが現状である。
つまり、現在行われている図書館での映画の著作物の貸出は38条の5に基づくものではない。
言い換えると、38条の5は図書館においては機能していないのだ。


なので、日本では公貸権が既に導入されているという主張に対する反論としては、別の論拠を示さないとならないだろう。
私自身も、森氏と同様にこの主張はおかしいと考えるが、まだその論拠は示すことができない。この点については、今後の課題としたい。
ただし、岡本氏や三田氏が言うように38条の5が公貸権だったとしても、それは現実には機能していないので、それは安易に拡大すべきではないし、制度としての見直しが必要であると私は考えます。