貸与権の問題点

著作権法の一部を改正する法律(案)の全文を入手したので、書籍・雑誌の貸与権がどうなるかが明らかになった。
法案の中で、貸与権に関連するのは次の2箇所。

附則第4条の2を削る。

附 則

(書籍等の貸与についての経過措置)
第4条 この法律の公布の日の属する月の翌々月の初日において現に公衆への貸与の目的をもって所持されている書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与については、改正前の著作権法附則第4条の2の規定は、この法律の施行後も、なおその効力を有する。

まず、附則第4条の方から見ていくと、これは現在「貸与の目的のために所有している」書籍・雑誌には貸与権は及ばないというものです。
つまり、法改正後も、現在「貸与目的で」所有している書籍・雑誌は、これまで通り著作権者の許諾を得ることなく貸し出すことができるわけです。
経過措置としては、まぁ必要な条項だと思うので、この点は評価できます。

さて、問題は「附則第4条の2を削る」の所です。
附則第4条の2は、貸与権著作権法第26条の3)を書籍・雑誌には当分の間適用しない、という規定です。この条項を削除するということは、著作権法第26条の3の貸与権を書籍・雑誌にも適用するということです。
第26条の3は次の通りです。

貸与権
第二十六条の三 著作者は、その著作物(映画の著作物を除く。)をその複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供する権利を専有する。

なお、この条項に関連する条項として、第2条第8項と第38条第4項があります。この条項も押さえておきます。

8 この法律にいう「貸与」には、いずれの名義又は方法をもつてするかを問わず、これと同様の使用の権原を取得させる行為を含むものとする。

(営利を目的としない上演等)
4 公表された著作物(映画の著作物を除く。)は、営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供することができる。

さて、これらの条項を元に、書籍・雑誌に貸与権を適用した場合の問題点を上げると、大きく次の3点にまとめられると思います。
1.貸与権は強力な権利であること
2.非営利・無料以外のすべての貸与が対象であること
3.貸与の概念が広いこと
では、1つずつ解説していきます。

1.貸与権は強力な権利であること
いくつかの報道では、貸与権が貸本・レンタルコミックから著作権料を請求できる権利であるかのように報じられました。もちろん、著作権料を請求することはできますが、権利者ができるのはそれだけではありません。著作権者以外の貸与を一切認めないというように、禁止することがでます。著作権料を支払うと言われても、絶対に貸与を許諾しない、と拒否することも可能なのです。著作権者が拒否した場合、その書籍・雑誌を貸与することはできなくなります。場合によっては、貸本・レンタルコミック店が廃業に追い込まれる可能性もあるのです。
2.非営利・無料以外のすべての貸与が対象であること
貸与権が制限されるのは、第38条第4項による非営利・無料の貸与に限られます。営利・有料の貸与だけでなく、非営利・有料、営利・無料の貸与も著作権者の許諾なしには行えないことになります。
非営利・有料、営利・無料の貸与にどのようなケースが該当するか、詳しいことは分かりませんが、貸与権の影響を受けるのは貸本・レンタルコミックだけではないのです。
私は、企業の専門図書館、会員制の専門図書館、企業が社会貢献活動として貸出サービス行っているケース、などで影響が出てくる可能性があるのではないかと懸念しています。
また、小規模の貸本屋などには貸与権を適用しないというような報道がなされたこともありますが、今回の改正法案ではそのような規定は見つかりません。
3.貸与の概念が広いこと
第2条第8項にあるように、「貸与」という名称で無くても、実質的に同様の行為も貸与と見なされます。具体的にはどのような行為が「貸与」と見なされるのでしょうか。加戸守行編「著作権法逐条講義 四訂新版」(ISBN:488526040X)では「買戻し特約付譲渡方式」「下取り方式」「共同購入方式」があげられています。(p.72-75)私が特に気になるのは「共同購入方式」です。同書では以下のように説明しています。

これは、会員組織を作って、会員が共同して購入しているとの名目の下に事業者が事実上購入したものを希望の会員に順次まわして使用させるものです。形式上は所有権を持つ会員が事業者に預かってもらったものを使用するということで事業者の行為は譲渡にも貸与にも当たりませんが、実質は貸与と同様であり、この規定により貸与に該当します。

この「共同購入方式」に該当するのが、具体的にどのようなケースかは判断できませんが、有料会員制の私立図書館の中に「共同購入方式」に該当する恐れがあるのではないでしょうか。また、読書サークルである本を1冊購入し、会員でまわし読みをするという行為も、この「共同購入方式」に該当するのではないか、と懸念しています。

このように、書籍・雑誌に貸与権が適用された場合、貸本・レンタルコミックだけでなく、社会的に大きな影響を及ぼす恐れがあります。個人的にはあまり好きな言葉ではありませんが「活字文化」とか「読書習慣」といった面で、マイナス方向に作用するのではないでしょうか。
では、これまで書籍・雑誌に貸与権が適用されていなかったのはなぜでしょう。
著作権法逐条講義 四訂新版」によると、「(1)貸本業の歴史的経緯、(2)貸本業の実態、(3)集中的処理機構の未整備」の3点を上げています。そして書籍・雑誌への貸与権適用については、

つまり、(1)貸与権が発動されることについて貸本業界の理解が得られる、(2)大規模の貸本業の発達、お客によるコピーを前提とした貸本業の出現などにより権利者の経済的利益がおびやかされる実態となる、(3)この分野における集中的権利処理体制が整備される運びになる、などのいずれかの要因ができた段階で、本条(引用者注:附則第4条の2)を削除して、貸本にも権利を及ぼすことになりましょう

としています。
現時点において(1)と(3)はまだできていないように思います。
問題は(2)です。「コピーを前提とした貸本業」は出現していませんが、「大規模貸本業」については議論が分かれるところだと思います。
この状況下で附則第4条の2を削除することは、時期尚早だと私は考えます。
また、上記引用部においても、問題となっているのは「営利・有料」の貸与のみで、「非営利・有料」「営利・無料」の貸与については、全く視野に入っていません。そして文化審議会著作権分科会においても、「非営利・有料」「営利・無料」の貸与について検討された形跡は一切ありません。
視野に入っておらず、検討を行っていない「非営利・有料」「営利・無料」の貸与にまで、著作権者の権利を及ぼすような今回の改正案は、問題があります。
まずは上記の問題点について、検討を行うことが先決であり、書籍・雑誌に貸与権を適用するかの是非を問うのは、その後のことです。
今国会に提出された著作権法改正案は、国会で審議する段階にまで至っていないので、今回は廃案にすべきです。