「学術情報流通とオープンアクセス」

倉田先生の新刊「学術情報流通とオープンアクセス」を読んだ。

学術情報流通とオープンアクセス

学術情報流通とオープンアクセス

非常に良い本。
学術情報流通*1の歴史と現状について、印刷媒体から電子ジャーナル、そしてオープンアクセスまで、体系的にまとめられている。現状を概観したレビューは、雑誌論文などでよく見られるが、論文では特定の分野に限定したり、ある特定の部分についての紹介にとどまる場合が多いが、一冊の本にまとめられたことで、学術情報流通の全体像をつかむことができる。
今後10年間は学術情報流通研究の基本書となると思う。


本書で扱う「学術情報」は主に自然科学・技術・医学系(Scienc, Teechnology, Medicalの頭文字を取ってSTMと言う)に限られているが、自分が企業内専門図書館で扱ってきた分野と重なるので、とても理解しやすかった。
自分が著作権について取り組むようになったのベースには、STM分野の「学術情報流通」の考えが基礎にあるのだと再認識できた。


しかし、不満が無いわけではない。
一つは、シリアルズ・クライシスについてふれている辺りで、為替レートや景気動向といった外部の経済的状況がふれられていないこと。
学術雑誌の価格や図書館の予算は、外部の経済状況に左右される部分が大きい。1980年代後半から1990年代前半の円高バブル経済による予算増などのころは、日本ではシリアルズ・クライシスが言われることはなく、90年代半ばの円高から円安への転換とバブル崩壊による予算減のダブルパンチによってシリアルズ・クライシスが言われるようになったというのが、当時企業内専門図書館で外国雑誌の契約を担当していた者としての実感である。
また、国立大学で電子ジャーナルの契約が進んだ背景にも予算の裏付けがあったと思う。
本書には外部の学術情報流通は外部の経済的要因によって大きく左右されるという視点があまりないように感じた。


もう一点は、現状までについてはよくまとめられているが、今後についての記述がほとんど無いと言うこと。
倉田先生編の7年前の本電子メディアは研究を変えるのかを読んだときにも強く不満に思ったが、学術情報流通は今後どうなっていくのか、もしくはどのような方向に進むべきか、学術情報流通の有るべき姿、といった展望・考察・提言などは本書にはほとんど書かれていない。*2
本書に書かれていない部分が私の一番読みたいところである。
その辺りについては、倉田先生が答えを出すというよりも、本書をベースに図書館・情報学の研究者や、図書館の現場で学術情報流通に携わる人たちが考えていくべきことかもしれない。


いずれにせよ、本書が学術情報流通研究の集大成であり、基本書であることには変わりはない。
図書館・情報学の本を読んで、久しぶりに興奮を覚えた。

*1:本書の中では「学術コミュニケーション」という言葉を使っているが、自分は「学術情報流通」の方がしっくりくる

*2:電子メディアは研究を変えるのかはタイトルの「研究を変えるのか」に対して何の回答も提示していなかった。その点が非常に不満だった。